2007年1月アーカイブ ..

ユニ・チャーム株式会社
取締役 常務執行役員 CQO兼グローバル開発本部長兼CSR部長
石川 英二さん

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    グローバル開発本部 開発企画部 ディレクター
    佐野泰規さん

    競争優位性のある製品を生み出す人と組織のあり方

    優秀な人材の確保、市場の分析...。"競争優位性のある製品やサービスを生み出す"という、企業にとっては永遠ともいえる課題に対して必要だといわれる施策はさまざまにあります。中でも、高い競争力を持つ企業が共通して注目されるのが、"企業文化"。競争優位性のある製品を生み出す人と組織のあり方とは。ユニ・チャームの取締役常務執行役員・石川英二さんとグローバル開発本部開発企画部ディレクター・佐野泰規さんに伺いました。

  • ユニ・チャーム株式会社http://www.unicharm.co.jp/

    1961年設立。「女性が生活の中で感じる不快を快にし、夢を実現出来る商品・サービスを提供する」ことを目指し、生理用品メーカーとしてスタート。現在では、「赤ちゃんからお年寄りまで」をカバーする、ベビーケア、フェミニンケア、ヘルスケア、クリーン&フレッシュ、ペットケア、幼児教育の6つの事業を展開。「自らを改革しつづける姿勢を失わない」独自の社風で、数多くのカテゴリートップ、ロングセラー商品を生み出し続けている。

    EIJI ISHIKAWA

    1955年生まれ。1980年ユニ・チャーム生産本部に入社。1998年生産本部長、2000年技術開発本部長、2002年人材開発部長への就任を経て2005年より現職。

    YASUNORI SANO

    1965年生まれ。1983年ユニ・チャーム生産本部に入社。2001年人材開発部マネージャー、2006年に開発本部 開発企画部マネージャーを経て現職。

  • 現場・現物・現時点。『三現主義』で、競争優位を生む社風をつくる。

    ────ベビーケアの『ムーニー』やフェミニンケアの『ソフィ』など、カテゴリートップとなる多くの製品を生み出してこられました。そういった、高い競争優位性を持つ製品を生み出す秘けつとして、『人と組織』の面ではどのような取り組みをなされているのか、今日はお伺いしたいと思います。

    佐野 例えば、開発のノウハウをデータベース化してナレッジの継承を図る、経験豊富な開発者からアドバイスを得るための制度を導入するなど、いくつかの施策は導入しています。しかし、何よりも徹底しているのは『現場・現物・現時点』の、『三現主義』。現場で現物を見ながら、現時点で何が求められているのかを考え、何を仮説とし、何を検証するのかをディスカッションする。こういった場を持つことが、ナレッジの伝承には一番効果的だと考えていますので、現場でのディスカッションの機会を増やすということを意識しています。

    ────議論はどのくらいの頻度で行われているのですか。

    佐野 必要に応じて行っています。自分が必要だと思ったときに必要な人のところに行って知恵を借りる。この環境を重視しています。相手が執行役員であろうと誰であろうと関係なく、アポイントが取れる。"この人には聞いてはいけない"といった遠慮はまったくありません。自分で召集できない場合でも、部門長に相談して依頼する。遠隔地ならテレビ会議を利用します。定例の会議もありますが、それ以外のミーティングのほうが恐らく多いですね。

    佐野 昔からなのですが、"もっとやれ"と推奨し始めたのは、ここ10年ぐらいのことだと思います。一人で何かを考えたところで、行き詰るときは行き詰る。いろんな人と二人三脚で、"三人寄れば文殊の知恵"の精神で進めていかなければ、スピードも質も上がりません。これまでも、必要に応じてディスカッションの場を設けてきましたが、"必要に応じて"のサイクルを増やさないとタイミングを逃します。週間単位でバンバン回していますから、その一週間の中でどれだけコミュニケーションを取れるかということを重視しています。

    ────ただし、開発とマーケティングとの議論などでは、四国と東京に離れていらっしゃいますので、地理的なハンディキャップもあるのではないですか。

    佐野 テレビ会議なども利用しますが、マーケティングがものづくりの現場に来ますね。その頻度は非常に高いですよ。定例の会議だけでも、月に2回は来ていますから。

    石川 そのほかにも、新しく何かを見つけたときなどは、双方が積極的に足を運んできます。ですから、以前に増して何が変わったかというと、コミュニケーションの頻度が増えていますね。

    ────御社は独自のマネジメントモデルである『SAPS経営(※)』を導入しておられますが、コミュニケーションの密度を高めることもその一環なのでしょうか。

    佐野 そうですね。『SAPS経営』の根底にあるのは、単に働くだけではなく仕事を楽しみ成長しながら成果を出そうという、人間尊重の考えです。成果を出すことが達成感をもたらし、結果的に人材の育成にもつながる。このすべてが上手く回るようにしていきたいと言うのが、『SAPS経営』を導入した最大の目的なのです。

    ですから現場では、半期目標といった大きな目標に対して、それにつながるように週次の達成目標を設定し、行動計画を立てて実際にやってみる。そして、それでも上手くいかなかった場合にはその真因を追求し、翌週に改善していくというサイクルで回しています。その中で必然として、コミュニケーションの密度が高まってきているわけです。

    ※ 『SAPS経営』:『思考・行動をスケジュールに展開(Schedule)し、実行(Action)し、効果測定し、反省・改善点を抽出(Performance)、反省を活かして次週の計画を立てる(Schedule)を廻す』マネジメントモデル。『人間尊重、達成感重視、時間競争力重視(タイムマネジメント)、ナレッジマネジメント、好奇心・起業家精神重視、意識革新』の6つを要諦と定める。

    石川 若い世代に開発リーダーを任せる試みを実践しています。それぞれのリーダーが『SAPS経営』をやってみて、実際に、商品化に向けたステップを踏んでいます。おそらく近いうちに、新商品という形で『SAPS経営』の成果を出せるという実感はあります。

    自由にものが言える環境が、若手のやる気を伸ばす。

    ────開発の現場がアイデアを出すために、何かサポートされていることはありますか。

    石川 研修や講演会、大学のセミナーなどには、機会があれば参加させています。トップダウンで行かせる場合と、ボトムアップで現場から「行きたい」と言ってくる場合とがありますが、手を挙げてきた者は全部行かせるのが私の基本的な方針です。昨日も、参加費が一人20万円する研修に「どうしても行きたい」と申請してきた者がいましてね。私は甘いのかもしれませんが(笑)、積極的に来た者はすぐにOKしてしまうのです。自ら受けたいと思った研修は、確実に内容を身に付けてきますから。ただし、行くからには、会社の予算と時間を費やしているという意識を持って、見返りとして何かをもらってこいという指導はしています。今回は部門長を介しての申請でしたが、ダイレクトに私に言いにくるものもいますしね。

    ────本部長に直接申請することも可能なのですか。

    石川 所定の申請手続きはありますが、それだけではね。四角四面に定石にこだわるというのは、マイナス面も多いのではないでしょうか。

    佐野 本部長室はオープンにしています。「どうしても行きたい」「学びたい」という者は、アポイントがなくても例えば昼休みなどに直接本部長室に行って、「チャンスをもらえないか」という話ができる環境にしています。上司、部門長、本部長と申請を上げるステップもありますが、本当に実現したいのなら何とかして実現させる方法を見つけよという環境は作っているのです。

    ────そういった熱意のある方を育てる秘けつは何なのでしょうか。

    石川 具体的な例として"報告の仕方"で言いますと、だいたい部課長クラスまでが私のところに報告に来ます。つまりその下のメンバーは、上司が恐らく私に伝えてくれているであろうという、若干の不安の中にいる。そこで、下にいるメンバーも直接私の部屋に呼ぶわけです。「何でもいいから直接話をしに来い」と。重複して部課長の報告と同じ内容を聞くこともありますから無駄な時もありますが、ニュアンスが若干違うということもありますし、顔色を見たら、一番分かります。部課長が言っていることと、当の本人が言っていることが合致しているか、していないか。それはもう、よく分かりますね。

    それに、本人も本部長に直接話せると充実感があるんじゃないでしょうか。私自身も真実を知るためには直接聞くことが一番ですし、何より非常に楽しいですね。

    佐野 リーダークラスやメンバーからすれば、本部長に向き合って話しを聞いてもらえるというだけでも、ぜんぜん違うんですよ。日常の業務の中で悶々としているものを、「成果としてここまではできた」という風に聞いてもらえることが、結果として達成感ややりがいにつながっている。非常に効果的だと思っています。

    ────上下の隔たりがなく何でもオープンに言えるというのは、昔からの社風なのですか。

    石川 非常にフリーな会社だと思います。社外を見聞きしても、これだけ上下関係の壁がないのは珍しいのではないでしょうか。

    佐野 情報には良い情報と悪い情報があって、伝達のステップを何層か踏むうちに、言いにくいことは途中で止まったりしますね。当社は、それがない。悪い情報ほど早く報告して手を打たないといけないということが浸透していて、現場から即断で情報が上がってくる関係にあります。結果として経営判断のスピードが速まり、本人たちも成果を認めてもらえるチャンスがあります。

    石川 しかし、それは逆にすごいプレッシャーだとも思います。私と直接、話すわけですから。「ここまでやります」と言った以上は、やらなくてはいけない。これは、すごいプレッシャーですから、ある意味、適度な緊張感が持てているのではないかと思います。

    人とは、ナレッジを溜め込むものである。引っ張り出すには仕組みが必要。

    ────技術の継承にも、フラットなコミュニケーションが果たす役割は大きいのでしょうか。

    石川 そうですね。ちょうど先週も、「コミュニケーションがまだまだ足りない」と、ちょうどそんな話を社内でしたところでした。だから私が言うのは、「聞く側は思い切って聞け。相手も忙しいから、一回じゃ誰も教えてくれない。しつこく聞けば、必ず教えてくれる」と言うこと。教える側には、「教えるのも勉強だ」と言っています。「ゼロベースでアイデアを出して商品を作らなくても、一人ひとりが持っているナレッジの一番いいものを出し合うだけで、今の倍くらいの品質の商品ができる」と、言うのです。結局、ナレッジはあるのだけれども、出さないのが人間の習性なのです。持っていることも大事だけれども、バトンタッチも必要。それも、知識そのものだけではなくプロセスや考え方を、継承していくことが大切です。ただ、言葉ではそう言っても、実行するのは難しいですね。

    ────そのための具体的な取り組みも何かされているのでしょうか。

    佐野 手がけた開発を『技術報告書』にまとめ、それをデータにして貯める仕組があります。必要な時にそこから情報を引っ張り出して来て、担当者にヒアリングをするというものです。担当者が持っている考え方など、ヒントになることってまだまだ沢山ある。それをどの様にして引き出すかということで、一定のグレード以上の社員は、必須で研修の講師に立ってもらうということもしています。

    ────データベースを使いこなせるか否かには、活用する側の"聞く技術"も問われるように思います。その意味では、御社の"自由に聞ける風土"も、技術や考え方の伝承に役立っているといえそうですね。

    石川 形式的なことではなく、自分が知りたいことを聞き、聞いたことを取り入れ活用するのが一番です。自分にとってニーズのないものをいくら聞いても頭には入らないというのは道理です。

    佐野 聞いて、理解して、実際にやってみて、「あ、その通りだった」と。そこから、新たな技術が生まれて、また伝承される。そのサイクルで増殖していくのが一番ですね。

    ────本社の玄関には、『発明報奨』という賞の受賞者プレートが、ずらりと壁にかかっています。

    石川 実際に運用しはじめてからは、まだ3年です。

    佐野 特許にも技術特許や商品特許など内容の違いはありますが、売り上げに対する貢献など基準は細かくあり、条件をクリアすれば、受賞者となりプレートに名前が載ります。受賞者は、会社が存続する限り永遠に名前が残り続ける事になります。開発技術者として非常に名誉なことであると社員から認知され、一つの目標になっています。

    若手をリーダーに抜擢し、早い段階から成功体験を得させる。

    ────日々、手ごたえを感じるための仕掛けを、さまざまに工夫されているのですね。一方で、今後の課題とされているのは、どのようなことなのでしょうか。

    佐野 課題ということでもないのでしょうが、技術データを積み上げていく一方で、使い方を間違えないようにしないといけないと思います。技術データを読んで分かったつもりになるのではなく、それをどう展開(活用)するのかについてディスカッションにまでつながるようにすることが大切であると考えています。

    石川 ベースはやはり開発者自身ですから、まずは自分でとことん考える。そこから他のナレッジを応用する。今の傾向として、自分自身でとことん考えるということが、少ないように思います。過去の開発者と比べても、平均的な人が多くなったなという印象がありますね。どちらかというと開発者というのは個性がすごく強くて、それぞれの持ち味が違うもの。それが、よく似たタイプが育っているような気がしますね。

    ───似たタイプの方が育つという要因は、どのようなところにあるのでしょうか。

    石川 実際には、似たタイプが増えているのかどうかはわかりませんよ。ただ、そうなっているのではないかと、不安は常に持っています。例えば、昔は人員が今よりも少なく、すべてのものを自分でこなす必要がありました。今はどちらかといえば細分化していますから、一連の工程を全て踏むということが少ない。関わる領域は少しずつ増やすようにしても、串刺しで一つのプロセスを踏むということが非常に少なくなっています。そこが、若干不安ですね。

    ────若手を抜擢されることも、人材育成の秘けつなんですね。

    石川 そうですね。昔から、年功序列というものはありませんね。ただ、誤解していただきたくないのは、年輩者を軽く扱うということではないのです。一番の理想は、定年まで走り続けていただくこと。できれば若いうちに成功体験を踏むとその社員は伸びますね、きっと。だからと言って、あまり大きな成功体験を持ってうぬぼれてしまっても、失敗してしまいますけどもね。ただ、成功体験がない人は常に自信がないから、アイデアもなかなか出てこないのです。

    ────自信がないと、前を向けませんね。

    石川 ですから、時折、急激に伸びる者がいますね。ずっと下を這っていたような者が、ある日突然、小さなことでも自分で何かに成功すれば、パーッとまた次に挑戦していくようになります。そうかと思うと、花形で飛ばしていた者がゴーンと頭を打ってみたりね。面白いですね、人間は。

    ですから、若手のリーダー抜擢は、とにかく彼らに勲章をやりたいわけなんです。うれしいのは、私以外の執行役員が数名いるんですが、みんな私の考え方に納得してくれていますのでね。とにかく、若い人材に成功体験をさせてやりたいですね。

    今日できた技術は、明日は真似される時代。継承すべきは、開発のプロセスに流れる"考え方"。

    ────今後さらに御社の強みを伸ばすために、どのようなことを課題とされているのですか。

    石川 革新的な技術でしょうね。常に先行して新しいものを出していかない限りトップを守れないというのが、トップの宿命。しんどいですけどね。一番いいのは二番手くらいで走って、最終コーナーで抜くあの気持ちよさというのを味わってみたいなと思いますが(笑)。後ろから足音が聞こえてくる中で走るあのしんどさと一緒ではないでしょうか。

    ────しかし、カテゴリートップの商品を数多くお持ちです。

    佐野 市場に出す以上は認めてもらえる商品を出し、ナンバーワンを取るということが当社の変わらぬ方針ですから、そのためにはがむしゃらにやるしかないですよね(笑)。

    石川 今は、若干そこを脅かされている部分がありまして、もう一度当社の強みに立ち返ろうと、引き出しにナレッジを溜め込んでいるところでもあるのです。お客さまに、差別化された付加価値を提供し続けることが当社の強み。それがなくなったら、ダメでしょうね。

    技術を残すということも無駄ではないのですが、技術というものは必ず追い越されます。今日できたものが、明日は真似される時代です。革新的な技術を追求する中でも"考え方"といいますか、我々がユニ・チャームという会社の中で培ってきた定石を、バトンタッチしていく。そうやって伝え続けていくことが、大切だと考えています。

    ────ありがとうございました。

小川珈琲株式会社
総合支援部部長代理 原田 英美子さん

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    新卒採用の内定辞退ゼロ。仕事に愛情が持てる組織を目指して

    景気の回復がいわれる中、売り手市場といわれる若年層の仕事に対する意識の低下が社会問題化しています。学生の内定辞退の急増、入社後の定着率の低下──希薄化する人と組織の関係を立て直すにはどうすればよいのか。新卒採用の内定辞退ゼロを誇る、小川珈琲の総合支援部部長代理・原田英美子さんに伺いました。

  • 小川珈琲株式会社http://www.oc-ogawa.co.jp/

    1952年、京都の地で創業。『京都の珈琲職人』として、珈琲豆の買い付け、焙煎、ブレンドを自社で行い、直営喫茶店の経営、珈琲豆・関連製品の販売などを手がける。目利きが厳選し世界中の豆から、生豆の中に眠る味と香りを引き出した珈琲には根強いファンが多い。

    EMIKO HARADA

    1990年小川珈琲株式会社入社。入社と同時に人事課の発足に携わる。現在は総合支援部にて、採用・教育・制度設計などの業務を行なう。

  • 「時間があったら工場に行け」。
    "現場をよく見る"という創業者の教えを守る。

    ────原田さんは15年前に小川珈琲に入社されたと伺っています。以前は、どちらの会社にいらっしゃったのですか。

    建設会社です。今とはまったく畑違いの会社でございました。そこで社長秘書をしておりまして、最後の1年は新卒採用を担当するということで人事を経験いたしました。

    ────業種が違う小川珈琲さんにいらっしゃって、新鮮に感じられたことというのは何かありましたか。

    そうですね。正直にお話してもよろしいですか?(笑)。古き良き日本の会社という印象がございました。例えば「OJT」という言葉すら、管理職の間では使われていなかったんです。ですから率直に言えば、勝手に人が育ったと言いましょうか、会長(当時の社長)、つまり創業者の背中を見て育ってこられたのだろうと思います。けれども、教育体系がなくても小川珈琲はお客様に支持いただいている。それはなぜなのだろうかという目で、いろいろな物事を見るようにいたしました。

    ────何か発見はありましたか。

    会長が、お客様と社員の声をしっかりとつかんでいたことが大きいと思います。自身でも、店舗やものづくりの現場である工場によく行っていました。私も人事として入社したのですが、「時間があったら工場に行け」と言われまして、パートさんと一緒に床に座り込んでダンボールを折る作業から仕事を始めました。会長もよく工場に来るものですから、「珈琲豆が落ちている」と叱られながら(笑)。「与えられた仕事ばかりに目を向けるのではなく、周りも見なさい」と。"現場を見る"ということが会長の教えでしたね。現場もそれがうれしいものですから、モチベーションがとても高まります。

    ────社員数が何人くらいの頃でいらっしゃったのですか。

    100名弱くらい、でしたでしょうか。今が144名ですから、それほどは変わらないですね。社員とは頻繁にコミュニケーションを取っていましたので、特に「理念はこうである」といったこともございませんでした。ただ、一つ教えられたのは、「お客様の繁栄があって私たち小川珈琲の繁栄がある」ということ。会長は現場とコミュニケーションを取りながら行動で示していたのだと思います。

    自ら動くことで、社内の意識改革をはかる。

    ────反対に、問題点として気付かれたこともあったのでしょうか。

    はい。営業社員からは、もっと円滑に社内のコミュニケーションがとれるようにしてほしいと言われました。そのほかにも、「原田君が気付いた小川珈琲の課題に優先順位をつけ、順番に改善をしていきましょう」と。採用や教育という前に、まずは風土に対して何かできないかと言われました。

    ────どんな風土だったのですか。

    京都で育っていますので、『井の中の蛙』というところがあったように思うんですね。外を見ようとしない風土というんでしょうか。これまではずっと右肩上がりで何もしなくても物が売れる時代でしたが、このままではいずれはダメになるだろうなという思いがありました。

    ────風土を改革するために、社内にはどう働きかけをされたのですか。

    研修を実施して、講師の先生方に世の中の動きをお話しいただくということもしましたが、社員が、研修があまり好きでないものですから(笑)、自らも異業種交流をしようと、外にどんどん出ました。すると、思いは通ずるということがありまして、ある企業の人事課長の方が推薦してくださって、京都経営者協会(日本経団連=日本経営者団体連盟の地方組織)の人事担当者の集まりに入れていただいたんです。

    それで諸先輩の胸を借りるつもりで参加したのですが、どういうわけか1年経ったらある研究会の役員に選ばれまして、すると今度は行政からのお声がけで、21世紀職業財団の『短時間労働者の雇用管理改善事業』の推進委員を務めることになり、今は高齢者の雇用管理についてのポジティブアクションの施策に携わっています。

    ただ、上司は、「管理部門は外に出なくていい」という考えで、当初は社外活動に大反対(笑)。ですから、言ったんです。「人事が人事を学べる機会は非常に少ない。このままでは会社の発展にも貢献できないから外に出させていただきたい」と。その当時の部長にも「他流試合をしたい。必ず情報は持って帰ります」と話をしに行きまして、「目的が明確ならば」と了解をもらいました。ときには、あえて事後報告にしたこともりありましたけれども(笑)。前述の研究会の役員をお受けするときも、上司に「仕事に支障が出る」と言われたのですが、「支障が出るか出ないか、1年やらせてください」って、協会にOKしちゃったんです(笑)。

    ────そういった社外活動を、会社にどう還元されたのですか。

    事あるごとに「こういう勉強会をしました」と部内で報告書を用いて説明し、「勉強会ではこういう意見が出ましたが、どう思いますか」という議論を継続してやりました。外で学んだことを使って、自部署のマネジャー研修を行ったこともありましたね。

    ────では、「外を見ようとしない風土」も変わってこられたのではないですか。

    変わってきていると思います。例えば、昔は、週刊ダイヤモンドや日経ビジネスを読んでいる社員も少なかったんですね。読むといえば、業界新聞や一般誌が多かったんです。ですから、ビジネス誌の記事を会議で引用したり、会社でも年間購読するようにしたり。自分が持っている書籍をバーッと並べてライブラリーのようなコーナーを作ったり。商工会議所が催す講演会などへの参加も促しました。すると不思議と、自然に、「日経新聞に載っていた」「ダイヤモンドにこう書かれていた」などの会話が、管理職の間で普通に出てくるようになってきたんです。

    改革を継続する秘けつは、"しつこく、我慢強く"。

    ────もう一つ、円滑なコミュニケーションがとれないという問題があったとおっしゃっておられましたね。

    そうですね、社員同士のコミュケーションが上手くいかないのはなぜだろうと思い、その原因を知る必要があると思いました。そこで社長に、「現場の声を聞きたい」とお願いしまして、多くの社員にも話を聞いて回りました。とは言いましても私は外様ですから、みんなすんなりとは受け入れてくれません。そこは苦労しましたが何とか話を聞きましたところ、営業スタッフが言うには「会社に帰ってきたくない」と。「職場の雰囲気が険悪だ」と言うんですね。話してみると、当事者たちもわかってはいるんです。でも、お互いが折れるということをしない。そこで、「社員のガス抜きをしましょう」と会社に提案しまして、研修を名目に女性だけを集めて話をするということもしました。

    ────皆さんの反応はいかがでしたか。

    話せばわかる人たちでしたね。「本当は仲が悪くなりたいわけではないが、意地の張り合いになってしまって」といった本音も聞けましたし。彼女たちとジェネレーションのギャップはありましたが、公私共に一人ひとりと付き合うようにもいたしました。

    私、"しつこく、我慢強く"ということが継続につながると思っているんです。ですから、「こういう環境はだめよ」ということを、しつこく、くどく、うるさいといわれるくらいに言っておりました。みんなの中にも「本当は気持ちよくお仕事したい」という思いはあって、きっかけを待っていたところもあったと思います。

    ────現在のコミュニケーションの状態はいかがですか?

    すごく、良くなりました。仕事に対してもみんな熱いですし、それは非常にうれしいなあと思います。例えば先日も、ある大学の学内レストランへの納入案件を当社の営業スタッフが獲得したんですね。そうしたら夜の8時くらいに、「これからお好み焼き屋さんでお祝いをするので、一緒に来ませんか」と内線がかかってきまして。うれしいですね。たまたま先約があって行けなかったのですが、営業全体でお祝いをするという風土は、昔はなかったんです。「そんな時代があったんですか」と若手が言うくらいに、今は変わりましたね。

    ────そういった変化は、時間をかけて起こるものなのでしょうか。それとも、何か変わるきっかけがあったのですか。

    いえ、やはり"時間をかけて"ではないでしょうか。逆に、時間をかけてよかったのかなと思いますね。

    人材育成とは、"仕事を愛する心"を育てること。

    例えば、採用などでも、現場は「即戦力がほしい」と言います。教育研修でも、「即戦力に育ててほしい」と。けれども人事としては、そうではなくて、人の育成にはある一定期間が必要だと思うんですね。

    ────それをお聞きして、あるフランチャイズの外食チェーンの話を思い出しました。従来は1カ月かけていた店長交代の引継ぎを、3日間に短縮したことがあったそうなんです。銀行からきた役員が、「1カ月も時間をかけるのは無駄だ」と、効率化を指示したんですね。すると、現場がうまくいかなくなってしまった。店長というのは、常連のお客様の顔と好みをすべて覚えて、最後には名前まで覚えるといいます。引継ぎには、後任者にそれを伝えるという大切な意味があった。それを無駄だと切り捨てるようなビジネスは、今後はダメになっていくのだろうなという気がします。

    そうですね。商売に大切なのはお客様の心をつかむことで、それには現場を大事にすることなんだろうなと思います。つまり、お客様の生の声を従業員がどれだけきっちり聞いているかということ。それはアンケートといったことではなくて、お客様の何気ない表情や言葉にあるんですね。そういうことをキャッチできる人づくりが大事。今は昔と違いまして、お客様が何に満足されるかという事も多様化しています。いかにマニュアル通りではなく、お客様の気持ちになれるかということが大事ですね。

    ────プロとアマチュアの意識の違いとも言えるように思います。先ほどお話しました外食チェーンでも、プロ意識のある店長は何がどのくらい食器に残っているかを非常によく見ているそうです。例えば、夏場にアイスコーヒーが立て続けに残っていると、「今日はアイスコーヒーがダメなんじゃないか」と、そこに頭がいく。そして、「お味はどうでしたか」とお客様に確認するそうです。しかし、素人の店長はこれができない。もうただ「今日は何杯出た」とそれだけで、何がどのくらい残っていても売り上げは同じというわけです。そこがずいぶん違うという気がします。

    私の好きな珈琲店に神戸の『にしむら珈琲店』というお店がありまして、そこの方も「お客様がどれだけお水を飲まれるかを見ています」と言っておられました。私どももそうですが、"お水がいらない珈琲"を目指しておられるんですね。喉が渇いているときは別として、苦味や渋みが口に残るから水を飲まれる。ですから「珈琲の後味を流すようにお水をクッと飲まれたりすると、味がよくなかったのかと思います」と。そういうことをしっかりご覧になっている。

    阪神淡路大震災の後にそのお店を訪れたときにも、こんなこともありました。経営者の方がレジでお客様に頭を下げるときの頭の下げた方というものが、心がとてもこもっているんです。お客様が戻ってきてくださったことに対する気持ちが伝わってきて、私、感動いたしましてね。昔、松下幸之助さんでしたでしょうか、新幹線の中でどなたかと名刺交換をして先に下車されたときに、ホームからその方の座席の窓まで行かれて、列車が出るまで頭を下げられていたそうです。するとその方は家に帰って、徐々にナショナルの商品に変えていかれたということを何かの本で読んだことがあるんですが、お客様のことを考えるその気持ちというものは素晴らしいなと思います。

    古き良きものの本質を大切に、
    人事制度の流行には惑わされない。

    ────どの企業も同じではないかと思いますが、規模の拡大という課題がある一方で、本当のサービスをどのように保っていくかということを、トレードオフとしてではなく、どう併せ持つか。これが、これからのテーマだと感じます。

    規模という点では、当社は、自分たちのできる範囲内で成長していこうという風に考えています。また、サービスの質を保つという意味では、先ほど申し上げた会長の"イズム"を大切にする『温故知新』が、当社には合っているように思います。人の心が持っているものって、そんなに変わらないような気がするんですね。そういったものをなくさずに新しいものを作っていく。昔を否定して先ばかり見るというのは、当社には合わないのかなと思うんです。

    少し話はそれますが、3年前に新人事制度を導入したときも、人事として社長に言ったのは、「短命には終わらない施策を考えたいです」ということ。当時、世の中は『成果主義』が主流でした。けれど、「中長期的に考えて、人が育ってない状態で成果主義を導入していいのでしょうか」と。古き良きものを残しながら、意識を少しずつ変えていくということが大切。これは、今も思い続けていることです。

    ────景気が良くなってきていると言われていますが、どの業界も現場には根強い疲弊感があります。その一因は、仕事に愛着を持っていない人たちがマネジメントをしていることにあるのではないでしょうか。仕事に愛着がないと、数字やデータだけでマネジメントしようとする。そうすると、現場は疲弊していきますね。

    おっしゃる通りですね。派遣スタッフの方が増えているのもその延長線上ではないかと思います。もちろん、仕事はよくやってくださるんです。けれども、仕事を愛するということは少なくなるように思います。社員の間にも「やることをやって成果が出ていればそれでいい」という風潮もありますし、マネジャーも「成果を挙げるために良い所を使おう」と考える。「伸ばす」ではないんですね。

    ────先ほど、「珈琲豆が落ちていると創業者に叱られた」というお話がありましたが、「珈琲豆で生計を立てている」ということを忘れてしまうと、疲弊感が全体に漂ってくるのではないかと思います。

    確かに、そうかもしれませんね。ですから、学生向けの説明会で必ず言うのは、「お客様の繁栄があって私たちの繁栄がある」、「一粒の豆を大切に」という創業者の言葉。「お客様より先に自分たちの欲を商売に出してはいけない。求めるのは、それに共鳴できる人材です」と。人事からだけではなく、各部門の人たちからも話してもらい、会長の顔を知らない人たちにもこの言葉は伝えていくようにしています。

    本気でぶつかることが、人を動かす。

    ────入社されてからの15年間で、壁にぶつかられたことはありますか。

    いっぱいございます(笑)。まず、入社半日目で専務(現社長)に、「辞めたいです」と言いに行きました(笑)。「針のむしろにはおれません」と。「私は他所から来た者なので、みなさんの見る目が冷たいです」と言いましたら、「それなら、今日一日はいてえな(いてください)」と言われて、次の日に出社しましたら、「もう一日いてえな」と(笑)。でも、苦労してよかったと思うのは、そんな人事だからいろんなことを話せるということがあるように感じるんですね。苦労がゆくゆくは実力に変わっていくのかなと思います。

    ────"人の痛みが分かる人事"、原田さんのお話を伺っているとそんな印象があります。

    苦労した経験がなかったら、3年前に人事制度を改定したときに成果主義の賃金体系を入れていたかもしれないと思います。京都経営者協会の人事の集まりの中でも、職能資格をベースにしていたのは当社だけだったんです。「その考え方は古い」と言われたこともありました(笑)。でも、言ったんです。「古い、新しいというのは、何を基準におっしゃるんですか」と。お陰様で、新しい制度に対しては、社内から各論の反対はいくつかありましたが、反発分子が出ることもなく、みんな運用に協力してくれました。現場で実行するという意味で人事としての実力がついたのは、苦労した経験があったからだと思います。

    ────制度設計はコンサルタントに任せるという企業もありますが、会社や社員に愛情を持って取り組むコンサルタントがどのくらいいるのか疑問に感じることがあります。愛情のない人が人事に関っても上手くいきません。ご自分たちで手がけられると、愛情の濃さが違いますね。

    そうですね。会長や社長、役員とは、何度も現場の問題について話をしました。ときとして、経営者の思いと従業員の思いというのは違いますが、掘り下げれば"幸せになってこの会社を良くしたい"ということは同じ。後は、どうすればそれが実現できるかということなんです。ですから、それこそ平均睡眠時間3時間くらいで、賃金テーブルを何度も修正して作り込んでいきました。でも、今度、制度をまた変えようという話が出ていまして、そろそろ平均睡眠時間3時間の毎日がやってくるんです(笑)。

    ────二代目の今の社長にも、ときには原田さんから働きかけをされることがあるそうですね。

    プロパーではない分、『嫌われてもいいや』と言いますか、『好かれたい』とか、『こんなこと言ってはダメかな』と考え始めると、迫力がなくなると思うんですね(笑)。でも、私は他所から来ていますから、迫力がなくなったらここでの仕事はできないと思います。だから、会社や社員にとっていいと思ったことは、何と言われようと提案してみようと。その怖がらないところがもしかしたら妙な迫力になって、提案が通る事が多いのかもしれませんね(笑)。

    ────社員の皆さんに、愛情を持って接しておられるということをとても感じます。

    そうでね。やはり、本気でぶつかるということが、人を動かすことだと思うんです。その原点は、今の社長の、本気で会社を変えたいという思いでした。実は、入社当時、私には2人の小学生の子どもがいまして、みなさん大反対の中で今の社長が採用してくださったんです。社長のその本気を見て、私も、これは本気にならなくてはいけないなと思いました。

    採用では、ありのままの小川珈琲を見せる。
    共感した学生の内定辞退はゼロ。

    ────新卒採用では内定辞退がゼロと伺っていますが、何か秘策があるんですか。

    "すべてを見せる"ということだと思います。お互いに思い違いがないように、小川珈琲の良いところも悪いところも、学生さんの目で見ていただくということ。まず、会社説明会には役員から課長まで、総勢12、3名で行きます。私どもは、商品もそうですが、人も誇りだと思っていますので、社員を学生さんに見ていただきたいと思っているんです。ですから、打ち合わせは一切しません。「好きなようにおしゃべりください」と。一つお願いするのは、「若かったころを思い出して、学生さんの目線でお話をしてください」ということ。「今の若者は・・・と苦言を言う人も多いけれども、若者は素晴らしいんですよ」ということだけは必ず言っています。

    面接でも面接官は、すべて変えます。新たな社員をどんどん投入して学生さんがいろんな社員と出会えるようにし、電話のホットラインも結びます。「社員の誰々と話したい」といわれればその社員にかけあって、電話やメール、もしくは食事ができるようにして、OB・OG訪問のセッティングもします。けれども、人事は一線に出ない。OB訪問も同席しませんし、面接も前面に立ちません。いろんな社員と接することで、ありのままの小川珈琲を見てほしいと考えているんです。

    ────そのようなスタイルにされて、どのくらいになられるのですか。

    入社してすぐに変えてもらいましたので、14年になります。当初は現場の協力がなかなか得られなかったですね。けれども採用活動は素晴らしい社員教育でもありますから、そこは手を抜いてはいけないと思い、現場にもお願いして協力してもらっています。

    ────採用は教育だと。

    そうです。本当に若い人はすばらしいと思います。知らないことがあるのは当然ですよね。だから、いろんな発言もありますし、逆に気づかされることが多いんです。

    ────それも、採用側がどれだけ真剣に関わっているかということなんでしょうね。

    そうだと思います。本気は相手に伝わりますね。上場企業の内定を得ているのに当社に入社する学生さんもいます。それは、内定までに本当にいろんな出会いがあったということと、包み隠さず小川珈琲を見てもらったということなのだと思います。

    ────最近では、家族主義の経営は甘いという論評も多いですが、ぜひ「家族主義で何が悪い」とおっしゃっていただきたいですね(笑)。お話を聞いていて本当にそう思います。

    そうですか(笑)。それに、今、ニュースでいじめの問題などを見ていても思うのですが、家庭の問題だとか学校の問題だとかと言いますね。けれども、採用したのならそれが出会。責任転嫁せずに、本人がこれから一人の人間として成長する場だととらえればいいと思うんです。例えばマナーを知らないことに対して、家庭の教育が悪いといってしまえばそれでおしまい。そうではなくて、ここからがスタートだと思えばすんなり受け入れられることだと思います。

    ────今後は、どんなことをやってきたいとお考えですか。

    人事制度でいえば、実力のある人に活躍の場を与える仕組みを作りたいのですが、その一方で、長くいてくださった方の活かし方も同時に考えないといけないと思っています。子どもの頃に「お年寄りは大切にしなくてはいけない」と教わりましたが、そういう方たちの知恵と言うんでしょうか、そういったものを活かせる制度、もしくは環境づくりをしたいなと思います。

    もう一つ考えている課題は、次の人事の育成。代変わりには準備が必要だと思うんです。準備がない物事はそれなりの成果しか生まないような気がしますので、そういう意味では後任の育成にかからないといけないのかなと思っています。

    ────長いお時間を、ありがとうございました。

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