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グローバル開発本部 開発企画部 ディレクター
佐野泰規さん
競争優位性のある製品を生み出す人と組織のあり方
優秀な人材の確保、市場の分析...。"競争優位性のある製品やサービスを生み出す"という、企業にとっては永遠ともいえる課題に対して必要だといわれる施策はさまざまにあります。中でも、高い競争力を持つ企業が共通して注目されるのが、"企業文化"。競争優位性のある製品を生み出す人と組織のあり方とは。ユニ・チャームの取締役常務執行役員・石川英二さんとグローバル開発本部開発企画部ディレクター・佐野泰規さんに伺いました。
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ユニ・チャーム株式会社 (http://www.unicharm.co.jp/)
1961年設立。「女性が生活の中で感じる不快を快にし、夢を実現出来る商品・サービスを提供する」ことを目指し、生理用品メーカーとしてスタート。現在では、「赤ちゃんからお年寄りまで」をカバーする、ベビーケア、フェミニンケア、ヘルスケア、クリーン&フレッシュ、ペットケア、幼児教育の6つの事業を展開。「自らを改革しつづける姿勢を失わない」独自の社風で、数多くのカテゴリートップ、ロングセラー商品を生み出し続けている。
EIJI ISHIKAWA
1955年生まれ。1980年ユニ・チャーム生産本部に入社。1998年生産本部長、2000年技術開発本部長、2002年人材開発部長への就任を経て2005年より現職。
YASUNORI SANO
1965年生まれ。1983年ユニ・チャーム生産本部に入社。2001年人材開発部マネージャー、2006年に開発本部 開発企画部マネージャーを経て現職。
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現場・現物・現時点。『三現主義』で、競争優位を生む社風をつくる。
────ベビーケアの『ムーニー』やフェミニンケアの『ソフィ』など、カテゴリートップとなる多くの製品を生み出してこられました。そういった、高い競争優位性を持つ製品を生み出す秘けつとして、『人と組織』の面ではどのような取り組みをなされているのか、今日はお伺いしたいと思います。
佐野 例えば、開発のノウハウをデータベース化してナレッジの継承を図る、経験豊富な開発者からアドバイスを得るための制度を導入するなど、いくつかの施策は導入しています。しかし、何よりも徹底しているのは『現場・現物・現時点』の、『三現主義』。現場で現物を見ながら、現時点で何が求められているのかを考え、何を仮説とし、何を検証するのかをディスカッションする。こういった場を持つことが、ナレッジの伝承には一番効果的だと考えていますので、現場でのディスカッションの機会を増やすということを意識しています。
────議論はどのくらいの頻度で行われているのですか。
佐野 必要に応じて行っています。自分が必要だと思ったときに必要な人のところに行って知恵を借りる。この環境を重視しています。相手が執行役員であろうと誰であろうと関係なく、アポイントが取れる。"この人には聞いてはいけない"といった遠慮はまったくありません。自分で召集できない場合でも、部門長に相談して依頼する。遠隔地ならテレビ会議を利用します。定例の会議もありますが、それ以外のミーティングのほうが恐らく多いですね。
佐野 昔からなのですが、"もっとやれ"と推奨し始めたのは、ここ10年ぐらいのことだと思います。一人で何かを考えたところで、行き詰るときは行き詰る。いろんな人と二人三脚で、"三人寄れば文殊の知恵"の精神で進めていかなければ、スピードも質も上がりません。これまでも、必要に応じてディスカッションの場を設けてきましたが、"必要に応じて"のサイクルを増やさないとタイミングを逃します。週間単位でバンバン回していますから、その一週間の中でどれだけコミュニケーションを取れるかということを重視しています。
────ただし、開発とマーケティングとの議論などでは、四国と東京に離れていらっしゃいますので、地理的なハンディキャップもあるのではないですか。
佐野 テレビ会議なども利用しますが、マーケティングがものづくりの現場に来ますね。その頻度は非常に高いですよ。定例の会議だけでも、月に2回は来ていますから。
石川 そのほかにも、新しく何かを見つけたときなどは、双方が積極的に足を運んできます。ですから、以前に増して何が変わったかというと、コミュニケーションの頻度が増えていますね。
────御社は独自のマネジメントモデルである『SAPS経営(※)』を導入しておられますが、コミュニケーションの密度を高めることもその一環なのでしょうか。
佐野 そうですね。『SAPS経営』の根底にあるのは、単に働くだけではなく仕事を楽しみ成長しながら成果を出そうという、人間尊重の考えです。成果を出すことが達成感をもたらし、結果的に人材の育成にもつながる。このすべてが上手く回るようにしていきたいと言うのが、『SAPS経営』を導入した最大の目的なのです。
ですから現場では、半期目標といった大きな目標に対して、それにつながるように週次の達成目標を設定し、行動計画を立てて実際にやってみる。そして、それでも上手くいかなかった場合にはその真因を追求し、翌週に改善していくというサイクルで回しています。その中で必然として、コミュニケーションの密度が高まってきているわけです。
※ 『SAPS経営』:『思考・行動をスケジュールに展開(Schedule)し、実行(Action)し、効果測定し、反省・改善点を抽出(Performance)、反省を活かして次週の計画を立てる(Schedule)を廻す』マネジメントモデル。『人間尊重、達成感重視、時間競争力重視(タイムマネジメント)、ナレッジマネジメント、好奇心・起業家精神重視、意識革新』の6つを要諦と定める。
石川 若い世代に開発リーダーを任せる試みを実践しています。それぞれのリーダーが『SAPS経営』をやってみて、実際に、商品化に向けたステップを踏んでいます。おそらく近いうちに、新商品という形で『SAPS経営』の成果を出せるという実感はあります。
自由にものが言える環境が、若手のやる気を伸ばす。
────開発の現場がアイデアを出すために、何かサポートされていることはありますか。
石川 研修や講演会、大学のセミナーなどには、機会があれば参加させています。トップダウンで行かせる場合と、ボトムアップで現場から「行きたい」と言ってくる場合とがありますが、手を挙げてきた者は全部行かせるのが私の基本的な方針です。昨日も、参加費が一人20万円する研修に「どうしても行きたい」と申請してきた者がいましてね。私は甘いのかもしれませんが(笑)、積極的に来た者はすぐにOKしてしまうのです。自ら受けたいと思った研修は、確実に内容を身に付けてきますから。ただし、行くからには、会社の予算と時間を費やしているという意識を持って、見返りとして何かをもらってこいという指導はしています。今回は部門長を介しての申請でしたが、ダイレクトに私に言いにくるものもいますしね。
────本部長に直接申請することも可能なのですか。
石川 所定の申請手続きはありますが、それだけではね。四角四面に定石にこだわるというのは、マイナス面も多いのではないでしょうか。
佐野 本部長室はオープンにしています。「どうしても行きたい」「学びたい」という者は、アポイントがなくても例えば昼休みなどに直接本部長室に行って、「チャンスをもらえないか」という話ができる環境にしています。上司、部門長、本部長と申請を上げるステップもありますが、本当に実現したいのなら何とかして実現させる方法を見つけよという環境は作っているのです。
────そういった熱意のある方を育てる秘けつは何なのでしょうか。
石川 具体的な例として"報告の仕方"で言いますと、だいたい部課長クラスまでが私のところに報告に来ます。つまりその下のメンバーは、上司が恐らく私に伝えてくれているであろうという、若干の不安の中にいる。そこで、下にいるメンバーも直接私の部屋に呼ぶわけです。「何でもいいから直接話をしに来い」と。重複して部課長の報告と同じ内容を聞くこともありますから無駄な時もありますが、ニュアンスが若干違うということもありますし、顔色を見たら、一番分かります。部課長が言っていることと、当の本人が言っていることが合致しているか、していないか。それはもう、よく分かりますね。
それに、本人も本部長に直接話せると充実感があるんじゃないでしょうか。私自身も真実を知るためには直接聞くことが一番ですし、何より非常に楽しいですね。
佐野 リーダークラスやメンバーからすれば、本部長に向き合って話しを聞いてもらえるというだけでも、ぜんぜん違うんですよ。日常の業務の中で悶々としているものを、「成果としてここまではできた」という風に聞いてもらえることが、結果として達成感ややりがいにつながっている。非常に効果的だと思っています。
────上下の隔たりがなく何でもオープンに言えるというのは、昔からの社風なのですか。
石川 非常にフリーな会社だと思います。社外を見聞きしても、これだけ上下関係の壁がないのは珍しいのではないでしょうか。
佐野 情報には良い情報と悪い情報があって、伝達のステップを何層か踏むうちに、言いにくいことは途中で止まったりしますね。当社は、それがない。悪い情報ほど早く報告して手を打たないといけないということが浸透していて、現場から即断で情報が上がってくる関係にあります。結果として経営判断のスピードが速まり、本人たちも成果を認めてもらえるチャンスがあります。
石川 しかし、それは逆にすごいプレッシャーだとも思います。私と直接、話すわけですから。「ここまでやります」と言った以上は、やらなくてはいけない。これは、すごいプレッシャーですから、ある意味、適度な緊張感が持てているのではないかと思います。
人とは、ナレッジを溜め込むものである。引っ張り出すには仕組みが必要。
────技術の継承にも、フラットなコミュニケーションが果たす役割は大きいのでしょうか。
石川 そうですね。ちょうど先週も、「コミュニケーションがまだまだ足りない」と、ちょうどそんな話を社内でしたところでした。だから私が言うのは、「聞く側は思い切って聞け。相手も忙しいから、一回じゃ誰も教えてくれない。しつこく聞けば、必ず教えてくれる」と言うこと。教える側には、「教えるのも勉強だ」と言っています。「ゼロベースでアイデアを出して商品を作らなくても、一人ひとりが持っているナレッジの一番いいものを出し合うだけで、今の倍くらいの品質の商品ができる」と、言うのです。結局、ナレッジはあるのだけれども、出さないのが人間の習性なのです。持っていることも大事だけれども、バトンタッチも必要。それも、知識そのものだけではなくプロセスや考え方を、継承していくことが大切です。ただ、言葉ではそう言っても、実行するのは難しいですね。
────そのための具体的な取り組みも何かされているのでしょうか。
佐野 手がけた開発を『技術報告書』にまとめ、それをデータにして貯める仕組があります。必要な時にそこから情報を引っ張り出して来て、担当者にヒアリングをするというものです。担当者が持っている考え方など、ヒントになることってまだまだ沢山ある。それをどの様にして引き出すかということで、一定のグレード以上の社員は、必須で研修の講師に立ってもらうということもしています。
────データベースを使いこなせるか否かには、活用する側の"聞く技術"も問われるように思います。その意味では、御社の"自由に聞ける風土"も、技術や考え方の伝承に役立っているといえそうですね。
石川 形式的なことではなく、自分が知りたいことを聞き、聞いたことを取り入れ活用するのが一番です。自分にとってニーズのないものをいくら聞いても頭には入らないというのは道理です。
佐野 聞いて、理解して、実際にやってみて、「あ、その通りだった」と。そこから、新たな技術が生まれて、また伝承される。そのサイクルで増殖していくのが一番ですね。
────本社の玄関には、『発明報奨』という賞の受賞者プレートが、ずらりと壁にかかっています。
石川 実際に運用しはじめてからは、まだ3年です。
佐野 特許にも技術特許や商品特許など内容の違いはありますが、売り上げに対する貢献など基準は細かくあり、条件をクリアすれば、受賞者となりプレートに名前が載ります。受賞者は、会社が存続する限り永遠に名前が残り続ける事になります。開発技術者として非常に名誉なことであると社員から認知され、一つの目標になっています。
若手をリーダーに抜擢し、早い段階から成功体験を得させる。
────日々、手ごたえを感じるための仕掛けを、さまざまに工夫されているのですね。一方で、今後の課題とされているのは、どのようなことなのでしょうか。
佐野 課題ということでもないのでしょうが、技術データを積み上げていく一方で、使い方を間違えないようにしないといけないと思います。技術データを読んで分かったつもりになるのではなく、それをどう展開(活用)するのかについてディスカッションにまでつながるようにすることが大切であると考えています。
石川 ベースはやはり開発者自身ですから、まずは自分でとことん考える。そこから他のナレッジを応用する。今の傾向として、自分自身でとことん考えるということが、少ないように思います。過去の開発者と比べても、平均的な人が多くなったなという印象がありますね。どちらかというと開発者というのは個性がすごく強くて、それぞれの持ち味が違うもの。それが、よく似たタイプが育っているような気がしますね。
───似たタイプの方が育つという要因は、どのようなところにあるのでしょうか。
石川 実際には、似たタイプが増えているのかどうかはわかりませんよ。ただ、そうなっているのではないかと、不安は常に持っています。例えば、昔は人員が今よりも少なく、すべてのものを自分でこなす必要がありました。今はどちらかといえば細分化していますから、一連の工程を全て踏むということが少ない。関わる領域は少しずつ増やすようにしても、串刺しで一つのプロセスを踏むということが非常に少なくなっています。そこが、若干不安ですね。
────若手を抜擢されることも、人材育成の秘けつなんですね。
石川 そうですね。昔から、年功序列というものはありませんね。ただ、誤解していただきたくないのは、年輩者を軽く扱うということではないのです。一番の理想は、定年まで走り続けていただくこと。できれば若いうちに成功体験を踏むとその社員は伸びますね、きっと。だからと言って、あまり大きな成功体験を持ってうぬぼれてしまっても、失敗してしまいますけどもね。ただ、成功体験がない人は常に自信がないから、アイデアもなかなか出てこないのです。
────自信がないと、前を向けませんね。
石川 ですから、時折、急激に伸びる者がいますね。ずっと下を這っていたような者が、ある日突然、小さなことでも自分で何かに成功すれば、パーッとまた次に挑戦していくようになります。そうかと思うと、花形で飛ばしていた者がゴーンと頭を打ってみたりね。面白いですね、人間は。
ですから、若手のリーダー抜擢は、とにかく彼らに勲章をやりたいわけなんです。うれしいのは、私以外の執行役員が数名いるんですが、みんな私の考え方に納得してくれていますのでね。とにかく、若い人材に成功体験をさせてやりたいですね。
今日できた技術は、明日は真似される時代。継承すべきは、開発のプロセスに流れる"考え方"。
────今後さらに御社の強みを伸ばすために、どのようなことを課題とされているのですか。
石川 革新的な技術でしょうね。常に先行して新しいものを出していかない限りトップを守れないというのが、トップの宿命。しんどいですけどね。一番いいのは二番手くらいで走って、最終コーナーで抜くあの気持ちよさというのを味わってみたいなと思いますが(笑)。後ろから足音が聞こえてくる中で走るあのしんどさと一緒ではないでしょうか。
────しかし、カテゴリートップの商品を数多くお持ちです。
佐野 市場に出す以上は認めてもらえる商品を出し、ナンバーワンを取るということが当社の変わらぬ方針ですから、そのためにはがむしゃらにやるしかないですよね(笑)。
石川 今は、若干そこを脅かされている部分がありまして、もう一度当社の強みに立ち返ろうと、引き出しにナレッジを溜め込んでいるところでもあるのです。お客さまに、差別化された付加価値を提供し続けることが当社の強み。それがなくなったら、ダメでしょうね。
技術を残すということも無駄ではないのですが、技術というものは必ず追い越されます。今日できたものが、明日は真似される時代です。革新的な技術を追求する中でも"考え方"といいますか、我々がユニ・チャームという会社の中で培ってきた定石を、バトンタッチしていく。そうやって伝え続けていくことが、大切だと考えています。
────ありがとうございました。