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創業35周年を迎えて取り組む風土改革
市場のニーズの多様化がいわれ、"勝ち組と負け組"が流行語から概念として定着しつつある今、強い企業とは何かが改めて問われています。
人材を人財に育て上げることでその命題に立ち向かう、東急コミュニティーの渡邊執行役員にお話を伺いました。
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株式会社東急コミュニティー (http://www.tokyu-com.co.jp/)
HARUO WATANABE
1950年生まれ。79年東急コミュニティー入社。経理部、人事部を経て99年にライフサービス事業部・埼玉支店長に。02年4月に人事部長、06年4月に執行役員に就任。
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創立35周年を迎えて直面した、
マーケットや従業員とのミスマッチ。────貴社のマンション管理やビルマネジメントというご事業は、いってみればサービス業に入るかと思うのですが、よく言われる"サービス業の競争力は人にある"ということについて、どのようにお考えでしょうか。
正直に言って、今までは社員はコストだという意識があったと思います。それが、最近になって変わってきました。人材の材は、財産の財なのだということですね。人件費いくらでどうこうというだけではなく、財産である人財をいかにお客様に提供できるかといったことへの取り組みを始めたところです。
────具体的には、どのようなことを問題視されているのですか。
当社は昨年で創立35周年を迎えたのですが、ご多聞にもれず大企業病のようなところが鬱積してきまして。結果として、主に3つのミスマッチが起こったと考えています。まず、会社と社会とのミスマッチ。次が、会社とお客様とのミスマッチ。3つ目が、社内のミスマッチ。この社内のミスマッチには、部門間のミスマッチと上司・部下間のミスマッチがあります。 その根幹となすものは、コミュニケーションが足りないということ。経営層からの押し付けでなく従業員の意見をちゃんと聞こうよと、そこが大切だということになったんですね。そこで、従業員で構成する風土改革委員会を社内に設けまして、3カ月に1度行われる風土改革協議会で経営層に発表し、課題を持ち上げていく。そういった取り組みを中心に、風土の改革を進めているところです。
マーケットとのミスマッチは、
売り手市場時代の発想の副産物。────3つのミスマッチとは、具体的にはどのようなことなのでしょうか。
例えば、マーケットとのミスマッチについていいますと、当社ではお客様をそのニーズに応じて3つに分けて考えています。1つはより高付加価値のサービスを求めるお客様、もう1つはよりリーズナブルな価格を求めるお客様、そしてその中間のお客様です。 お客様を対象に2年に1度アンケートを実施しているのですが、結果を見るとリーズナブル価格のお客様ほど満足度が高いんです。この値段にしてはよくやってくれると。ところが、高付加価値サービスのお客様からの回答は、不満足というものでした。ペイしてるだけのものがないということなんですね。 これは、マーケットによって求められるサービスに違いがあるのに、同じようなサービス商品を提供していた、それに気がついていなかったということ。お客様の考えの方が違っていて、当社のやり方が正しいという思い込みが、どこかにあったんだと思うんですね。
────他業界においても、リーダー企業が売り手市場時代のやり方を継続してしまい、ミスマッチを生むことは多くあります。
そうですね。ただ、昔は業界何位かを競っていましたよね。当社も管理物件数では業界3位ではありますが、今は、勝ち組・負け組に二極化する時代。問題は、そこをどうやって勝ち組に持っていくか、です。やはり、マーケットのニーズにどれだけマッチできるかにかかっていると思いますね。
────マーケットを3つに分けておられるのは、勝ち組を狙う市場を選別することが目的ですか。
いえ、違います。どこが優先ということはなく、どのお客様もないがしろにはしません。マーケットごとに、きちんと満足いただける対応が必要だということです。例えば、管理人も住込みか、日勤か、1日数時間のパートかなど、コストによって仕様が異なります。 しかし、日勤もパートも、コストは違えどもサービス精神は同じでなくてはならない。雇用形態が違っても、当社では均一に同じ教育をします。安いからそれなりの人でいいということではない。それが、人財ということだと思います。
従業員とのミスマッチは、
過度な拡大戦略が要因。────冒頭でいわれたミスマッチをもたらしたものは、社員の皆さんの考え方や価値観にどのような影響を与えたのでしょう。
言っても何もしてくれないといった、いわゆる閉塞感や疲弊感が生まれていました。ですから、トップがいくら何かを言ったとしても"またいってるよ"といった雰囲気で、有り体に言ってしまえば、トップの方針に下が反応しないという状況でした。従業員にしてみれば"上は言うばかりで俺たちの言うことを聞いてくれないじゃないか"ということだったのでしょう。完全に上からの一方通行だったと思いますね。
────今年で36年という会社の歴史の中で、どの時期から閉塞感が高まってきたのでしょうか。
恐らく、ここ10年くらいなのだと思います。質より量を求め、コストを重視した頃からだと思います。 量を求めたことによって、採算の悪い物件でも契約は継続するものだという考えが根強くありました。また、新規物件も利益が若干薄くても獲得してしまうんですね。一方で、現場ではそんな契約では無理だという話になる。現場は疲れる一方です。それが、要因のひとつだったと思います。 また、コストについては、従来はすべて正社員だったマンションの運営担当者を、一部、契約社員に替えていこうという話が出たのがちょうど10年ほど前でした。しかし、定着が上手くいかず、要員を補充しても教える側がくたびれてしまうという時期もありました。
漠然とした問題意識が、
第三者の指摘で課題として明らかに。────そういった風土の問題を明らかに認識されるようになったのは、何かきっかけがあったのですか。
一昨年に、外部のコンサルティング機関に委託して管理職研修を行ったことがきっかけです。その頃から、マネジメント能力が低いことが教育課題として挙がっていたため、マネジメント能力の強化を目的にした研修でした。 そのときに、管理職のものを言わない、いわれたことをそのまま下に伝える体質が浮き彫りになったんです。「あいうえお」と上から言われれば、「かきくけこ」なりアルファベットなりを加えて自分の中で咀嚼して、自分の施策として下に伝えるのが本来のマネジメント。ところが、「あいうえお」だったら、「あいうえお」がそのまま部下に行ってしまう。 なぜそうなのかということになって、そこはプロである外部のコンサルティング機関から「こういう風土なんじゃないですか」というのを、正直に出していただいたわけなんです。そこが発端ですね。管理職が役割を果たしていない原因は、管理職の資質だけではないとういうことを見抜いた、第三者の目があったということです。
────その当時、自社の風土について社内の共通認識はあったのですか。
ありませんでした。「最近、ちょっと雰囲気が悪いね」といったことは、各経営層とも話しはしていましたが、非常に曖昧模糊としていたんですね。ですから、何とかしなくてはという意識はあっても具体的な打つ手が見えないまま2、3年が流れてしまったという状況の時期でした。
────外部のコンサルティング機関によって言語化された風土の問題は、経営幹部の皆さんの印象を代弁するものだったのでしょうか。
経営会議でも発表していただいたんですが、まさしくそうでしたね。
プロジェクト、ビジネスカレッジの設立・・・、
改革を強力に推し進めた怒涛の2年間。────風土改革に向けて、具体的にはどのような手を打たれたのですか。
まずは、若手社員で意識改革プロジェクトを立ち上げ、そこから選抜した若手を中心に、課長、部門長と3チームの風土改革プロジェクトを結成しました。風土を変えるには時間がかかると思いますが、意識が高い社員が多ければ多いほど速く進むはず。そこで、選抜チームを作るということをやったんですね。現在では風土改革委員は31人ですが、各部門にも委員を置いていますので、それも含めると約2000人の社員中、トータルで220人近くが委員として活動に参加しています。 そして、プロジェクトからあがってきた課題は、3カ月に1度の風土改革協議会で経営幹部に発表します。また、活動はすべてオープンです。協議会で話されたことや各部門の課題などは、いつでもイントラネット上で見られるようにしています。 また、各部門では部門長が風土改革の定義を作成して課題を課長に伝え、課長はそれを受けて、さらに具体的な定義や課題を作成して一般職に伝えるという取り組みも今年度から始めています。人事部内でも、部全体がどういう方向に進んでいるのかが分からないという声がありまして。私があれだけ伝えていたのにと思うのですが(笑)、それがミスマッチなんですね。 そこで、人事部の風土委員と係長以上の若い連中を集めて協議しまして、人事部では月に1回、私と課長が面談して部全体の業務の進捗を伝え、それから課長が一般社員と面談するといったことを始めました。ただし、これそのものがコミュニケーションですから、会議形態ではなくて発表会みたいな形で、質問があったら受け付けていくという運営にしています。 各部課の進捗は、3カ月に一度の従業員と経営層との風土改革協議会でも、モニタリング(進捗状況の管理)をします。まだ始まったばかりですが、部門全体の課題と違い、かなり具体的な課題があがってきていますよ。
────人事制度も変更されたそうですね。
自分でキャリアコースが選べる制度に変更しました。用意したコースは4つ。基幹系と事務(プロ職)、技術(マスター職)の専門系、そしていわゆる一般職(ジョブエキスパート、ビジネスサポート職)です。コースによってどこまで昇進昇格するか、そのためにはどんな資格の取得が必要かが異なりますが、その選択に本人の意思が反映できる仕組みです。 また、女性ワーキングプロジェクトというチームを作りまして、育児を支援する施策もこの4月から変えました。例えば、これまでの規定では育児休職が取得できるのは子どもが1歳になるまでした。しかし、保育園は新年度が始まる4月が一番入りやすい。ですから、1歳を過ぎても直近の3月までは育児休暇が取得できるようにしました。 こういったことは経験がない人にはわからないですよね。子育てで苦労した社員もいたと思います。そこで、こういった要望を女性ワーキングプロジェクトからいろいろと出してもらい、それを全面的に受け入れて、短時間勤務も小学校2年まで認めるなど、規定を変えたんです。 教育制度としては、企業内大学としてTCビジネスカレッジ─TCは東急コミュニティのTCですが─を設立しました。これまでの一律的な研修だけではなく、選抜型のプログラムや経営層の養成研修など新しく追加したメニューが今年度から稼動します。
────人に積極的に投資をされていますね。
そうですね。まさしく冒頭に申上げた、人材の材は財産の財だということなんです。その財産を運用し、価値を上げていくのは会社の責任です。
────改革を推進するときに、人事の役割は非常に重要だと感じます。
とはいっても、我々も勉強することばかりです。ただ、例えば武田薬品工業さんやキヤノンさんなど他社の成功した例を見ても、根幹となすものは制度ですし、それを引っ張っていくのは人事だということは、ヒシヒシと身に染みています。会社を変えると言っても、要するに、従業員を変えるということ。従業員の意識を変えるのなら、やはり人事施策じゃないと無理だということですね。 ですから、意識を変革させる施策はどういうものなのかということは、考えないといけないと思います。施策の内容は会社よって様々でしょうが、当社に限って言えば、とにかくコミュニケーションがないことが出発点でしたので、マーケットにしろ、お客様にしろ、従業員同士にしろ、部門間にしろ、コミュニケーションをどのようにして高めていくかということを施策に盛り込んでいこうという考えはありました。
────貴社の会社パンフレットを拝見したのですが、社員の皆さんがアットホームでお互いに助け合う社風だと異口同音に言われていたことが印象的でした。コミュニケーションがないようには感じなかったのですが。
当社は、本来はアットホームな社風なんです。昔からそうでしたから。今も、一部にはその雰囲気が残っているんですね。ですから、まだ助かっていたと思います。これが、誰もアットホームだと言わなくなったらアウトでしたね(笑)
────では、新しい別な風土に変身しようということではなく、従来から持っていた良い風土を伸ばすという発想ですね。
そうです。良い面をパワーアップさせるということだと思いますね。また、当社には、「自ら構想、自ら発議、自ら行動」という行動理念がありまして、まさしく、今の改革にマッチする理念なんですね。この行動理念は手帳にも書いてあるし、なぜ発揮されないのかと思うのですが(笑)。ですから風土改革といってもこの部分は変えたくないですし、本当に、原点に戻ってやらなくちゃいけないということですね。
経営戦略も利益体質の強化にシフト。
社員がプライドを持って働ける会社へ。────風土改革を進めていかれる一方で、質より量を追い求めた時代があったという経営戦略も変わってきたのでしょうか。
変わりました。一定のレベルはありますが、とにかく不採算物件は改善せよという指示が、トップから出ています。当社の努力でどうしても収支改善できない場合は契約を辞退申し上げてもやむを得ずということです。
────大変なご決断ですね。
結果、管理物件数が減ってもやむを得ずという判断です。人財にも投資が必要ですから、どうしても利益志向でいかなければならないだろうということなんです。ですから、社員は戸惑っていますね。今まで、契約継続こそ善だと言われてきたのに、今度は収支改善できないものは継続断念も仕方がないと言われて、本当にいいんですか?と。そこはもう、社長も何度も言っているのですが、社員はまだ契約をこちらから断ることに戸惑っているようです。
────そうしながら、高付加価値サービス顧客、リーズナブルサービス顧客、中間の顧客と3つのマーケットでいずれも利益を出しつつ、ご満足いただくサービスを構築していかれるということですね。
そうです。
────非常に多岐に渡ったマーケットニーズに対応していくときに、多様性に応じて従業員の皆さんのモチベーションをどのように上げるか、維持するかということが、これからの時代には重要なことだという気がします。
たまたまかもしれませんが、昨年、耐震性の偽造問題が起こりましたよね。あれは、安かろう悪かろうはダメだということがハッキリした事件でした。当社は東急の冠がありますので、ブランドイメージがあったんですよ。でも、そこがコスト削減をいわれて尻すぼみになっていたのですが、やはりそれは違うぞと。 つまり、高付加価値サービス顧客については、それなりのプライドを持ってブランド力を押してもいいじゃないかという姿勢が出てきているんです。もちろん一方で、リーズナブルサービスのお客様にはそのご要望に満足いただけるサービスを提供していくわけなんですが、安かろう悪かろうではダメだということは、耐震性の偽造問題を例に挙げると十分に伝わるんですね。それで自信がついてきたっていうのはあると思います。 ですから、今までは、当社は業界ではコストが高いって言われていたのですが、ご満足いただけるサービスを提供しますから、それは高くやらせてくださいと。値段を下げればこれしかできませんと、自信を持っていおうよと。 少し前にあったことなのですが、増収増益で儲かっているのだからもっと料金を下げるようにとお客様にいわれた従業員がいたんですね。で、従業員は何もお客様に言えなかった。すると、社長はその従業員にこう言ったんです。例えば、トヨタ自動車も高い利益を上げているが、だからといって車両価格を下げるだろうか。自社のサービスに、もっと自信を持とうと。そのような考え方から、モチベーションや自信やプライドといったものが、できてきたかなという気はしていますね。
風土を変えるには、最低3年は必要。
目指すのは、夢と希望と楽しさのある職場。────様々な取り組みが売り上げや利益として返ってくるまでにはタイムラグがあると思うのですが、そこはぐっと我慢でしょうか。
そこはもう耐えるしかないでしょうね。しかし、研修すれば半年ぐらいで成果が出せるものもあります。例えば、技術員の技術話法などは、短期間での効果が期待できます。お客様の居室にお邪魔して、例えば水道のパッキンを取り替えたとき、そこで他にも不具合があったら、"こっちも壊れ気味ですね。何かあったらやりますからね"とひと言いってくるだけで、あの人は感じがよかったから頼もうとなることもあるわけですね。 そうしたことの積み重ねで工事業を伸ばしていくといったことは、できると思うんです。それで、コストを抑えながらも、そういった研修をすることで売り上げを上げていくという形に持っていけたらなと思うんですね。
────風土を変えるには時間がかかると言っておられましたが、どのくらいかかるとお考えですか。
最低3年は必要ではないでしょうか。それくらいは経たないと、分からないだろうと思うんですね。
────どういう状態になれば、風土が変わったといえるのでしょうか。
やはり、何の意識もなく従業員や上司がいろいろなことを言い合える職場になっていることでしょうか。いつも皆に言っているのですが、夢と希望と楽しさのある職場に、そういう風に思えるようになってきたらしめたものだなと思いますね。
────人財を扱う部門としてのこれからの課題があるとすれば、それはどのようなことでしょうか。
ここまで改革を非常に速く進めてきたものですから、今年度はそれらの施策を落ち着かせることに特化しようと考えています。それが、今年度の課題ですね。その進捗を見ながら、来年以降の打つ手を考えていかなくてはいけないと思っています。とはいっても、この先にどういった課題が出てくるかがハッキリと見えているわけではありませんが、重要なのはやはり、従業員のモチベーションが上がる施策ですね。 これまでは、言い方は悪いのですが外圧のような形での改革を進めてきたわけで、今後は内圧からどう動かしていけるかということを考える段階に入ってきたと感じています。
────長いお時間、ありがとうございました。