物心がついた頃から、茶の間にいつも置いてあった地元の銘菓。子どもの頃、家族で
出かけた近所のラーメン屋。お金のなかった学生時代に通った馴染みの食堂。誰にで
も思い出の味、懐かしい味というものがあるだろう。
久しぶりに食べた当時の"ご馳走"の味に、「うーん、こんなもんだっけ」と、期待を裏切
られたような気分になることも多々あるが、「これこれ、この味! いつ食べても旨い」と、
ひと口食べて懐かしさがこみ上げてくることもまた多い。けれども実は、昔のまま味が
変わっていないというのは、前者の方。後者に該当する商品のメーカーやメニューの
作り手に話を聞いてみると、驚くことに「実は少しずつ味を変えているんです」と、皆口
をそろえる。
「"変わらない"味を提供するために、味を"変える"」とは、一体どういうことなのか。
たとえば業界のなかでも"老舗"と呼ばれるラーメン屋。いわゆる昔懐かし系の中華そ
ばを扱うお店だ。親子三代にわたって通うファンもいるというこの店の店主は、「日々の
進化なくして、変わらない味は守れない」と言い切った。時代や嗜好の変化に合わせて、
少しずつマイナーチェンジを繰り返しているのだという。何十年も前の味をそのまま出し
ても、食べ手が昔から"旨い"と感じて食べている料理にはならないからだ。
別の人気店のシェフの方はこんなことも言っていた。「野菜もお肉も、育てている人が
改良を重ねてよりよい物を作ってくださるのに、それを調理する人が料理に改良を加え
なくて何とするか」と。この店もまた、同じ料理でも少しずつ作り方を変えて、"変わらな
い"味に磨きをかけている。
共通して言えることは、人気店、老舗ほど日々の研鑽に励み、少しずつ味を改良して
いるということ。これは、食べ物に限らず、物やサービスを扱う店舗や企業であっても、
同じではなかろうか。売れるから、受けているから、と現状にあぐらをかいていては消
費者の心を長く惹きつけることなど、到底できないからである。時代の流れにしなやか
に対応し、ブラッシュアップを重ねることこそが、商品やメニューの味や価値にホコリを
かけさせない秘密。時代を超えて愛されるロングセラーとは、まさに小さな改良の"積
み重ね"の上に成り立っている。