2010年9月アーカイブ

大阪出張の帰りに、学生時代を過ごした京都の街に立ち寄った。在住していた頃から
史跡を観てまわるのが好きで京都中の寺社を巡ったが、最後にこの街を訪ねたのは
もう4、5年も前のことになる。久しぶりの機会なので、「日が暮れる前に」と、ある寺に
足を運ぶことにした。

数年ぶりに訪れた京都の寺は、私の想像を遥かに上回る感動であふれていた。まず
驚いたのは、それまでの喧騒を一瞬にして忘れさせてくれる凛とした雰囲気。境内に
足を踏み入れた途端、空気感がガラリと変わるのである。住んでいる時は気付かなか
ったが、この"ギャップ"は、街中に多くの寺社が現存する京都ならではのものなのだろ
う。自然に囲まれた鎌倉の寺社を訪れた時とはまったく異なる印象を受けた。さらには、
見る者を圧倒する、その堂々とした佇まい。息をのむほどの存在感に、宮大工が受け
継いできた日本古来の建築技術の奥深さを改めて痛感した。

実はこの寺、最近になって大掛かりな改修工事が行われたというが、素人目に見ても
何百年も前の姿が完全に遺されているということが分かる。丁寧に磨き上げられた柱
や廊下には歴史を重ねた材木が放つ独特の甘い香りが漂っていたが、見えないとこ
ろに駆使されているであろう最先端の技術を思うと、それもまた感心せずにはいられ
なかった。

現代の技術を取り入れた歴史的な建造物を眺めながら、あるおばあちゃんの言葉をふ
と思い出した。

「暑さを元気に乗り切る秘訣は?」

とは、長引く猛暑で多くの高齢者が体調を崩していることを受け、テレビ番組の司会者
が投げかけた質問だ。すると、100歳を優に超えるおばあちゃんは、元気にこう答えた
のである。

「クーラーが嫌だとか、扇風機が嫌だとか、頑固なことを言っていちゃダメよね。その時々
の状況に柔軟に対応して、新しいものも取り入れていかなければ長生きなんてできっ
こないのよ」。

人も建物も、企業も、長生きの秘訣は同じなのかもしれない。セミの声にぼんやりと耳
を傾けながら、そんなことを考えた夕暮れのひと時であった。

社訓――それは、企業が自らの向かうべき方向を示す指針。社員たちはその訓えに
倣い、組織のカラーへと染まっていく。

帝国データバンクによると、4,000社の長寿企業を対象にしたアンケートで、約8割もの
老舗企業が「家訓や社訓、社是がある」と回答したという。そして、その多くが創業当
時の社訓を変えることなく、今なお大切に守り継いでいる。

老舗企業の共通点は、訓えの存在だけではない。私の知る限り、その内容もまた実
によく似ている。一つ目は、「人に対して"誠実"であれ」ということ。「人を敬い、言葉に
は気をつけよ」「人を軽んじて威張ってはならない」といった、人を大切にする精神を説
く内容のものは群を抜いて多い。老舗の密集地域である東京・日本橋エリアや企業
寿命の長い京都にもまた、客や職人、取引先や仕入先の感謝の気持ちを諭す内容の
訓えが多く見られた。二つ目は、「本業に真面目であれ、ほかの事業には手を出すな」
という謙虚な経営姿勢だ。「副業におぼれず、身の丈にあった商売をせよ」と訓えてい
る企業も非常に多く。三つ目の「勤勉、倹約」といった欲におぼれない慎ましい精神を
説く内容の訓えとリンクする。

それでは、大企業と呼ばれる現代の企業はどうか。気になって100社ほどの社訓一覧
を調べてみると、そこにもある共通点が見られた。キーワードは『発展』と『挑戦』。企業
がさらなる発展を遂げるために「努力し続けろ、全力で頑張れ!」といった、アグレッシブ
な内容のものが非常に多く見受けられた。「自分たちのサービスや製品で社会に『貢献』
する、といった使命感のようなものを掲げている企業もまた、実に多い。

おもしろいのは、これは『老舗』の訓えとよく似ているなぁと思ったところが皆100年企業
であったということだ。例えば「誠意は人の道」「礼儀は美」と説くシャープ、「人に信を得
る最善の道は自ら誠をもって実行すること」と訓えるコクヨ、「先義而後利者栄(義を先に
し、利を後にする者は栄える)」と掲げる大丸など。人を敬い、自らを律する姿勢や欲にお
ぼれない慎ましやかな精神に、古きよき日本の魂のようなものを感じてしまうのは私だ
けだろうか。例えば、「人間尊重」「常にお客様の立場に立ち~」といった現代の訓えと
は、表現は似ているが根本的な精神が全く異なるのである。

もちろん、時代には変化というものがあるので、社訓の傾向に変化があるのも当然のこ
とだ。厳しい現代の競争社会を勝ち抜くためには、強い危機意識と向上心は欠かせな
いものだろうし、もしかしたら、そういう企業でなければこれから先の100年を生き残るこ
とはできないのかもしれない。それでもなお、日本人が古くから大切にしてきた"和"の心
を、忘れてはいけないような思いに駆られてしまうのである。世界を圧倒する長寿の秘訣
には、日本人が大切にしてきた"和"の心にもあるのではなかろうか、と。

競争に追われ、合理化が進む現代に、日本人の"おくゆかしき心"はどれほど残されてい
るのだろう。今の日本に、100年続く企業は一体どれくらいあるのか――。

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